建築学科ごっこ

建築学科ごっこを通じて見つけた、模型作成、図面加工、時間管理などやりかたまとめ

卒業制作で、後輩があなたに望んでいるたった一つのマネジメント

結論から述べよう。

 

  • 後輩へ自分の設計をプレゼンテーションする。
  • 後輩に自分の過去作品をプレゼンテーションさせる。

 

以上の卒業設計における効能を紹介するのがこのエントリーの趣旨だ。

 

 

 

日々怠惰で放漫な僕を置き去りに、2016年は11月も終わりに差し掛かった。

4回生の各位におかれては、卒業設計も佳境に入り、後輩を集めての模型製作にかかる時期だと思う。

 

卒業制作は多くの学生にとって、初となる共同設計作業である。

 

しかし、僕達はただの一度として複数の人員で一つのものを作るノウハウや作法を体系的に学んでいない。

 

一般にこのノウハウをマネジメントと表現する。

もしドラで話題となったドラッカーの『マネジメント ~基本と原則』が有名)

 

 

そこで今回、マネジメントの基本思想を元にした*1卒業設計で後輩に嫌われない共同作業のあり方を考察する。 

 

 

 

今年の冬もまた、先輩も後輩も等しく苦しみ合う、負の共同制作が全国各地の製図室で繰り広げられようとしている。

 

より健康的で、文化的な卒業設計の一助になれば幸いである。

 

 

 

 

 

 

マネジメントとは

マネジメントとは「1+1を3や4にする仕事」と僕は常々考えている。

 

 

例えばあなた一人で6ヶ月もの製作期間を要する模型があったとしよう。

理論上、もう一人後輩を雇えば3ヶ月、更に一人雇えば2ヶ月、そして計4人で作業すればめでたく1ヶ月以内に作業が完了する。

 

けれども、共同作業の本質は、あなたが何ヶ月かけても作り得ない作品を作るために後輩を雇うことにある。

 

 

 

断じて工期短縮のために後輩を雇うのではない。

 

一人でやっていては間に合わない作業量だから後輩に手伝ってもらうということは、つまるところ、身の丈に合わない作業を無理な工期で押し通し、その尻拭いを後輩にさせているということに他ならないからだ。*2

 

 

 

基本的に卒業制作を手伝うことによる後輩のメリットは何もない。

 

なぜ建築学科生が貴重な冬季休校を返上してまで何の恩義も持たない先輩に従事しているのかといえば、(無論先輩へのあふれる敬意と羨望は前提として)基本的には勉強のためである。

 

だから、卒業制作を何時間手伝ったところでバイト代が出ない以上、やりがいすら満足ん与えられない場合彼らの勤労意欲がわかないのは自然な成り行きである。

 

自分の特技や得手不得手を無視した誰にでもできる作業を繰り返し与えられ続けることは、いかに向学心の強い建築学科生といえど、いやむしろ強いからこそ耐え難い苦痛となる。

 

そんな後輩たちに、誰でもできる代替可能な単純作業を、本人の意志を無視して割り振れば彼らのモチベーションが下がるのは火を見るより明らかだろう。 

 

 

  • 後輩へ自分の設計をプレゼンテーションする。
  • 後輩に自分の過去作品をプレゼンテーションさせる。
  •  

つまるこの二点とはあなたと後輩のコミュニケーションである。

あなたが何を目指しているのかを伝え、そのために彼らに何ができるかを考える行為である。

裏を返せばこうした相互コミュニケーションの放棄は、後輩をかけがえのないパートナーではなく代替可能な単純労働力とみなす宣言にほかならない。

 

 

誰だって自分の設計がいかに魅力的かを無邪気に熱弁する先輩の作業を手伝いたいだろう。

 誰だって自分の専門分野を理解し、自分の強みを生かす仕事を与える上司の下につきたいだろう。

 間違っても、自分の描くビジョンを説明せず、自分たちを無個性な労働力として使役するリーダーについていきたいとは思はない。

 

 

繰り返しになるが、「1+1を3や4にする」ことがマネジメントである。

無個性な1をどのように2つ足したところで、2以上でも以下でもない。

かと言って、その解を3や4に増やすために新たな1をどこからか闇雲に探してくるのはコストばかりが増える愚策である。

 

それよりも、あなたのもとに集まってくれた一人ひとりの力と個性に、真摯に向き合う方がよっぽど健全である。

 

 

建築設計とは単純な数字上の量的加算では表せない、もっと個性的で多面的な要素の集積であることを思い出して欲しい。

 

 

 

 

差し戻しを防ぐ

共同作業において最も現場の指揮と生産性を下げる行為はやり直しである。

 

時間や体力との勝負でもある卒業設計において、差し戻しの発生は紛れもない労力と時間のムダだからだ。

 

後輩としてみても多大な労力と時間をかけて取り組んだ作業を上司の都合で棄却させられるのだから堪ったものではない。

仮にその差し戻しが頻繁に繰り返される上に、なぜ自分の作業がやり直しとなったのか、次はどのような点に注意して取り組めばよいのかなども伝えられないまま作業しなければならないとすれば、不平不満を持つのは当然である。

 

表に表さないまでも、互いも口にしない不満を胸のうちに収めて我慢し続けることは、著しく連携を阻害する。

 

次第に自分の作業に価値が見いだせなくなり、「どうせ今やってる作業もやり直しになるのだから手を抜いて仕上げよう」と考える後輩を攻める権利はあなたにはない。

 

 

 

 

  • 後輩へ自分の設計をプレゼンテーションする。
  • 後輩に自分の過去作品をプレゼンテーションさせる。

 

 

つまり、僕がこの2つのコミュニケーションを推奨する第二の理由は生産性の向上である。

何を作って欲しいか、何を作ることができるかと言う情報を共有することは、意図しない作業を未然に防ぐ事に繋がるのだ。 

 

 

このコミュニケーションを怠ったが最後、あなたの後輩はあなたの望まない制作物をせっせと作るハメになる。

特に、素材と寸法を指定できる模型製作はともかく、定量的な指示のしにくいパースやグラフィック系の作業は、指示者と製作者の認識の齟齬が露骨に現れる。

 

 

もちろん課題にやり直し・差し戻しは付き物である。

初めはこれでいいと思ってとった選択肢が、設計の進行とともに不適格なものに変容することは、どれほど周到に準備していても避け得られるものではない。

 そんな時には、やはりあなたは後輩に対して図面や模型の修正を依頼しなければならない。

 

 

けれども、その場合でもやはり設計の趣旨や方向性を分かった上で作り直す場合と、特に理由が説明されないまま作り直す場合では、精神的な負荷に大きな差が生じる。

 

後者を繰り返していては、後輩の心があなたの心から離れて行くのは時間の問題である。

 

 「それならもっと早くから伝えてくれれば嬉しかったです……」

「そういう事ならもっといい方法があったのに……」

「そんな大事な事初めから言えよ!」

 

という後輩からの心の声を幾度と無く

 聞いて来た僕がいうのだから間違いない。

 

 

 

具体的な行動指針

 まず設計を指揮する立場の四回生は、後輩へのプレゼンの準備を進めるとともに、これからの作業の進捗を共有する手段を確保する事だ。

グーグルドライブやDropboxなどのクラウドを使えばリアルタイムであなたの作業が後輩に共有される。

 

後輩は手の空いた時間にあなたの作業や成果物を見ることを通じて、あなたが目指す設計のコンセプトやVビジョンを共有することが出来る。

 

ただしデジタルデータの共同編集はかなり高度なリテラシーと徹底したルールづくりが求められるので、あくまで編集権限は自分のみが有するに止めるのが望ましい。

後輩が任意のタイミングで図面やスケッチを閲覧できるだけでも大きなメリットがある。

 

 

また、アニメーション業界やゲーム業界で一般的に取り入れられているイメージボードを設けてもいい。

 

イメージボードとは課題初期の草案段階での発表や、共同設計をする際スタッフ同士でイメージを共有させるために作る画像の寄せ集めだ。

ここでは、課題が始まって第一回目の草案会で、住宅のインテリアのイメージを教授に説明するための画像の寄せ集めをイメージしてもらえれば差し支えない。

時間もスキルもないけどそれでもIllustratorでそれっぽく建築プレゼンをレイアウトする方法 - 放漫学生の建築学科ごっこ

 

難しく考えずとも、「設計に当たって参考にした建築やランドスケープ、真似したい模型表現やグラフィック見本」をまとめて印刷しておくだけでも大きな効果がある。

 

あるいは、設計事務所がよく行っているように、ダイアグラムスケッチを各作業台に掲示し目指す方向を常に意識できるようにすることも検討したい。

 

建築系の雑誌を読んでいれば、設計を通じて共有されてきた1枚のイラストやスケッチと言うものがたびたび登場する。 

多くの場合設計の初期に制作されており、コンセプチュアルで原始的であるがゆえに言葉にならない建築の魅力をダイレクトに伝える事となる。

そんな1枚が描けたか否かが、卒業設計を決めると言っても過言ではない。

 

 

 

 

一方、卒制に従事する側の後輩諸君には、是非ともポートフォリオの作成に力を入れて欲しい。

 

かつての芸術家がポートフォリオを作成した理由が、良質な師匠やパトロンを確保するため、あるいは自分が有する唯一の資産をアピールするためだったことから考えても、ポートフォリオの第一の意味はスキル・実績の証明である。

【ポートフォリオという魔法】あなたの生みだした作品達があなたを飛躍的に成長させる - 放漫学生の建築学科ごっこ

 

 

すでにこのブログでも述べたことではあるけれど、ポートフォリオは就活はもとより様々な局面において

 

「あなたは何者なのか」

「あなたは何ができるのか」

「あなたは何をしたいのか」

 

を伝える手段だ。

 

今回の例のような共同設計においてはポートフォリオは「自分に何が出来るか」のカタログとなる。

 

先輩の立場からすれば、あなたが過去に作成した模型屋図面やパースがあれば、

「これと同じ感じでパースを加工して欲しい」

「この模型表現いいね。同じ素材で作ってくれる?」

と言う具合にかなり具体的に指示ができる。

 

あなたとしてもすでに一度やったことのある工程なのだから、出来るか出来ないか、出来るとしてどのくらいの時間がかかるかすぐに応えることができるだろう。

先輩からの曖昧な指示を回避するためにも、簡単で構わないのでポートフォリオを作っておくことを推奨しておく。 

 

 

結論 

  • 後輩へ自分の設計をプレゼンテーションする。
  • 後輩に自分の過去作品をプレゼンテーションさせる。

 

言われるまでもないだろうが、あなたに残された時間は多くはない。

 

 

プレゼンの時間もポートフォリオ作成の手間も惜しい時期な事は承知している。

しかし、同時にその手間暇をかけてもペイできる程のメリットも確信している。

 

どちらが効率的か、決める能力は僕にはない。

作業進捗によっては、後輩をこき使う以外の道はないかもしれない。(あなたの後輩はあなたの養分になることを全力で拒否するだろうが)

 

 僕にできる事は、あなたの設計の成就を願うだけである。

 

 

ご武運を。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

追記

「一つの仕事を終えた時点で次の仕事の指示を与える」

事もまた、後輩に嫌われる要因の一つとなる。

 

 

これは後輩の視点からすれば

「一つの仕事を終えるとすかさず次の仕事を押し付けられる」

ということに他ならない。

 

 

これを繰り返せば、後輩は日を経るに従って真面目に作業をしなくなる。

努力に応じて報酬ではなく作業量が増えるのであれば、努力しない方が賢いからだ。

 

人間はエコノミックアニマルなので、インセンティブが与えられない労働に従事し続けることはできない。

 

建築学科生は真面目なものが多いので、

「自分の利益にならない事でも頑張る」

事ならできるかもしれないが、

「頑張るほど不利益を被る」

シチュエーションに耐えられる聖人君子は存在しない。

 

 

 一度でも時間給のアルバイトを経験したことがある学生ならば、誰でも理解できることなので言葉は尽くさない。

 

 

 

ただ一言で言うと、その日1日の仕事をリストアップし「これ全部終わったら今日は帰っていいよ」と言えるのが良きマネージャーというだけの話である。

 

 

 

 

 

もとより、それが机上の空論であることは、いかに僕でも把握している。

だからこそ、この内容は実現生の低さを考えて本題にせず追記にとどめた。

 

自分にすら出来もしない自己啓発を他人に常識のように語るビジネス本の一種と考えてもらえれば差し支えない記事である。 

 

 

 

追記部分のみならず、この記事内容全般をどうか真に受けないで欲しい。

 

 

 

案じずとも、放漫な僕と異なり、貴方の後輩には教育相当の良心が備わっているだろう。

 

 

 

ただ、自らの無能をリーダーに押し付けるタイプのクズを引き当ててしまったときの処方箋にはなるかもしれない。

 

 

 

▼このワンクリックが大きなモチベーションです。何卒。

 

*1:異分野の知見を、自分の業界でさも自らの発明の如く吹聴する事は、無能が有能に擬態する常套手段である。

*2:そもそもそんな大げさな模型やグラフィックの提出を義務づけている学校側にも問題はあるのだけれど